成功した人は誉められて大きくなった

現在、日本経済新聞の「私の履歴書」に野村監督が語る人生が掲載されています。
野村監督といえば、選手を誉めるというよりは、「ぼやき」や「けなし」が連想されます。
実際、選手を誉めないことで知られています。随分前ですが、テレビの対談番組でそのことを指摘されたことがあります。そのときに野村さんは・・
「私はテスト生として南海ホークスに入団した。当時の監督は鶴岡一人さんで、厳しいことで有名な人であり、人を誉めることはまずなかった。そのせいか、私自身、選手を誉めることが苦手で・・」という返事でした。
ところが・・
入団3年目に、南海は優勝し、キャンプはハワイでした。選手は観光気分で連日門限を破って飲みあかしていたため、練習もあまりできませんでした。野村監督は最終日に先輩に誘われて門限を破り、正座とボロボロになるくらい怒られたのです。
まだ、二軍選手であったため、これでレギュラーは遠のいたと後悔したといいます。
ところが、鶴岡監督のコメントは「キャンプは失敗。だが、ひとつだけ収穫があった。野村に仕えるメドがついた」。翌日、新聞にこのコメントが掲載され、野村選手は感激して、この直後から頭角を現してきます。
野村監督も誉められて一流になっているのです。
最近の文章は、また明るくない表現なのですが、誉められたときの嬉しさを、野村監督も思い出していただきたいものであります。