近頃の若い者は・・

人間というものは、古今東西を問わず同じことを言っているわけですな。
この事例として「近頃の若い者は、なっていない。根本から退廃している・・」というのは、皆さんも聞いたことのあるフレーズかと思います。(古代バビロニアのパピルスに書いてあるそうです。)
これについて、どのように考えればいいでしょうか。
つまり、紀元前から年寄りは若者のことを「近頃の若い者は・・」という癖があるということです。

おやじは、占いは人間の経験を体系化した励ましの理論、カウンセリングの技術などといつも言っております。また占い師としては、鑑定ということに加えて「人間という生き物はどのような性質を持っているのか」、ということも勉強しなくてはなりません。
哺乳類、霊長類「ヒト科」としての特性です。
これからすると、雪男がいるかいないかも推測・説明ができます。
また、子育てのことも「ヒト科」の生き物の特性という視点から見ますと、テレビの評論家とは違った意見が出てきます。

さてさて、本題です。
「近頃の若い者は」ということを昔から言っているということは、ふたつの側面から考えることができます。

まず、「お年寄りの側」からです。
社会の持つ知識の量は10年で倍になると言われています。これが「10年ひと昔」といわれる所以です。
現代では10年ではなくて、3年くらいで「ひと昔」になっているのではないかと思えるくらいに、社会の変化と必要とされる知識の量が増加してきています。
ということは、お年寄りが変化と増加についていけなくなったときに、そういう発言が出るとおやじは考えます。
社会の流れや、若者の生き方についていけない、それが面白くないから「近頃の若い者は」と言いたくなるのです。何千年もこう言いながら、人間は進歩(?)してきました。

次に「若者の側」からみますと
初めて若者をしています。おやじも初めての四十台、年寄りも初めてなもので・・ ということです。
子供は子供を初めてやっているのです。二度も三度もやっているわけではありません。つまり、他者との比較ができません。
生まれてきた社会というのは、自分が決めたのではないルール、習慣、法律、価値観で
固められています。式典のときに感じますよね。入学式、結婚式、葬式・・
社会のルールというものに反発せず、それらを無条件に受け入れて学習させたい、こんな強制的なところがあります。
若者というものは、エネルギッシュで好奇心の固まりです。
押さえつけるものに反抗する存在なのです。ジェームス・ディーンならカッコがつくのでしょうが、多くの若者の反発は社会の既成概念からすれば、邪魔でしかありません。(おっと、たとえのジェームス・ディーンも古すぎてわからないかも)
どんなにおとなしく育っても、既成社会に対しては反発するのが若者なのです。
現代社会(古代でも同じですよ)に、反抗・反発するのは、「ヒト科」の生き物として健全な精神を持っているといえます。

数万年前でも、数万年後でも、「近頃の若い者は」と言い続けるのが「ヒト」であります。
ただ、最近の風潮では「ヒト」化が遅れていて、社会での問題が発生していますが、それはまたの機会にでも・・・