「生きる」

先週の土曜は24時間テレビでしたね。
テーマは「生きる」・・今回、これについてお話をさせていただきたいと思います。

「生きる意味を実感できる社会をどう作るか」これこそが日本の課題であり、大人たちが知恵と汗と涙で、後輩たちに教えていくことだと思います。
なぜなら、「生きる意味」が実感できない場合、人はイヤな事つらい事に耐えられません。
大人たちが「耐えること」「頑張ること」の意味を実践してこなかったために、日本では「頑張ったり、耐えても大していいことはない。適当にやったほうがいいや」という風潮
が蔓延してきたち、おやじは感じるのですよ。
そうすると、人の苦しみ、悲しみ、つらさに対して無感覚になります。この時代の空気に正直に生きただけで、このような感覚に陥っているのではないでしょうか。

若い頃、人生に意味はあるのか、ないのかと、いろいろと考えたことはありませんか。
哲学書をまず読んだのではないですか、次に宗教関係。文学に求めた人もいるでしょう。
正解はひとつではありません。

これから、おやじがある考え方をご紹介します。

「何のために生きているのかわからない」「生きる意味がわからない」という方に・・
「人間という存在は、人生から問いかけられている」ということを考えてください。
「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発している。だから人間は、本当は生きる意味を求める必要はないのである」
人生から問いかけられている、人生から求められているから、どんなときでも人生には意味がある。どんな人、どんな人生にも、為すべき事、満たすべき意味が与えられている。
あなたを必要としている「何か」があり、あなたを必要としている「誰か」がいて、その「誰か」や「何か」は、あなたに発見され、実現されるのを待っている。
つまり、あなたの「為すべき事」「満たすべき意味」は、あなたが求める、求めないにかかわらず、常に、そしてすでに、あなたに送り届けられている。

「私のやりたい事をするのが人生」から「私の為すべき事、私がこの世に生まれてきた意味と使命を実現していくのが人生」という生き方の転換です。

「あなたは、この人生で、何をすることを求められていますか」
「あなたのことを必要としている人は誰ですか、その人はどこにいますか」
「その誰かや何かのために、あなたに出来ることは何があるでしょうか」

私たちに「出来ること」は、いくらでもあるはずです。
あなたの人生そのものが、素晴らしい業績・成果なのです。
ぼんやりと過ぎ去った過去は、永遠に失われてしまいますが、実現され、生きぬかれた時間は永遠にきざまれる、のです。

世界のすべては、意味に満ち溢れています。
何も出来ない人なんて、実はこの世界に一人もいません。
あなたの人生に与えられた使命を果たし、シナリオを完成させていくのです。

山田、「あなたにとって生きるとは何ですか」と問われたら「自分に与えられた役割を果たすこと」と答えるでしょう。