年相応の役割

日本経済新聞、10月12日に掲載された大原健士郎さんという浜松医科大学名誉教授のコラムを紹介させてください。

私の友人でかなり大きな内科の病院長がいる。その息子がまた優秀で同窓会などでは、いつもみんなの羨望を集めていた。進学校をトップで卒業し、国立大学の理学部に入学した。受験では私立大学の医学部にも合格し、父親は医学部を勧めたが、本人が理学部を選んだ。
大 学入学後もトップの成績を保ち、専門課程に進むとき、医学部に転入する権利を得た。毎年理学部から一人だけに許される特別枠で。父親は大喜びで転入を勧め たが、息子はまたしても断った。「おれが辞退すれば、誰かが大喜びで転部するさ」と答えたという。私たちは彼の潔さに感銘し、我が子のようにその後も見守 り続けた。
大学卒業後、研究職として大企業に就職した。そこでもめきめきと頭角を現し、40才のときには研究所の所長代理に昇格した。
ところが、その頃を境に彼は燃え尽き症候群のようになってしまった。無気力になり、不眠、抑うつ、焦燥を感じて会社も休みがちになった。研究のアィデアが浮かばす、すっかり自信を失った。
会 社の内外ではちょうど能力主義が叫ばれ始めていた。「能力のない上司は去れ」というチラシも出回ったという。彼は会社を辞めたいと思ったが、彼の出世を夢 見ている妻にはとても相談できず、毎晩酒を飲み、ついには自殺を考えるようになった。この時点で父親から私に相談があり、彼に会った。
彼は挫折し た経験がなかった。研究所に入っても、いつも若手を指導し、助言をする立場だった。ところが数年前よれ自分より能力に限界を感じた。毎年、優秀な新人が入 社してくる。彼らは自分の知らない知識や技術を身に付けている。それを目の当たりにして絶望的になったのだという。
しかし、冷静に考えればこれは当たり前のことだろう。いつまでも自分が誰よりも優秀であり続けることは困難だ。誰しもいつかは味わう挫折だが、彼はそれに直面するのが遅かったため絶望感が深くなってしまった。
例え後輩たちの方が優秀であったとしても悲観することはない。年とともに頭がさえなくなるのは避けられない現実だ。
ただ40才には40才の、50才には50才の役割がある。年齢に応じた役割を見つけることが大切なのだ。

いろいろと読み替えることが出来ます。
人生には挫折も必要なエッセンスだともいえるし、生き方の広さであるし、・・・
いつの時代にもあった事例だとは思いますが、現代が一番多いのでしょう。
考えてみましょう、いろいろと。