2006年10月18日

ひとりごと

最近、学校の話題が多い、多すぎる。
校長のパワハラで自殺という記事がありましたし、九州では「プレッシャー」による自殺なんてことを言う教育者がいます。
プレッシャーだとか表現を変えるのは自由にしても、その根底にあるのは自己責任をとりたくないと感じるのは、私だけでしょうか。
私はね・・この「職員室」というのはチームになっていないと感じるのです。
普通の企業なら〜まぁ、企業といっても千差万別ではありますが〜基本的に大人と大人の集りであり、会社の存続目的に対して「あーだ、こーだ」と言い合うのが大人・社会人の組織だと思うのです。

お互いが「先生」であり、「先生」と呼び合い、個人のことに関して立ち入ろうとしない環境があるのではないかと思うのです。
たとえば飲食店だったら、先輩が指導するでしょう。私、ある飲食店に長いことバイトしていた(バイトでごめんね)ことがあるのですが、ここは経験年数に関係なく、仕事の出来る人が指導しますし、仕切るのです。
店長だって、経験もですが基本的な技量がないといつまでたっても副店長以上にはなりません。また、仕事でのやり方も大変に細かいところまで注意されます。お辞儀、食器の持ち方、挨拶、片付け、クリンネス、レジ、仕込み・・もうキリがないくらいに指導されまくります。
大昔の新幹線の車内販売は、たとえ1回しか経験がなくても、出来るバイトが仕切るようになりますし、そのようなシステムでした。(給料は変わらないけどね)
よく出ていただく自衛隊も階級の世界ですが、ここも試験がありまして、これに通らなければ次の採用がありません。年数と階級は一致しません。向上心があり、実績を積んだ人が組織の中枢に入り、指揮監督をするようになります。

これまでご紹介したような会社や組織が不祥事を起こした場合、どのような対応をしているでしょうか。最近ではいろいろな職種のメーカーさんが謝る事例をテレビで見る機会が増えました。
学校と病院は、民間とは一線を画すというか、違うように感じませんか?
批難にどう対応するかがメインであり、原因追究は日にちが過ぎてほとぼりが冷めるまでしない、これからをどうするか、組織やチェック体制をどうするか、民間の会社は具体的に方針を出してきます。
まぁ、組織の違いといえばそれなりですが、大人が責任を持って仕事をしており、報酬を受け取っているプロとしては・・不思議な世界に感じてなりません。

それはね、誰のための職場か、何のための仕事かが明確になっていないのではないか。
そのように感じる山田のおやじです。
最近、コーチングが流行っていて、私もコーチングセミナーを実施しておりますし、企業にとってのチームワークとかモチベーションをいかに創るかというセミナーもします。
この場合、企業のトップの意識が高いか低いかで、成果も大きく変化してきます。

ということは、仕事に対して目標の高品質化を狙うために、トップの側がまず、自分の仕事や問題事項に対する「思い」や「ビション」を社員全員に対して語ることがスタートとなるはずです。
私たちのチームは「どうあるべきなのか」、だから社員の一人ひとりは「何を為すべきか」ということです。部下にも目標を考えてもらう環境を創るのが会社、組織というものです。
販売会社であれば、社長は「5年後には店舗を1つ増やしたい。信頼も増加させたい。サービスの向上に関しては、○○の面を拡充させて顧客満足を向上させ る。その成果として5%の売り上げ増をしていきたい。また、地域一番店になろう」このように述べ、社員に対して意見を聞いたり、チームとしてどんなことが 出来るか、個人はどうあるべきか、それぞれの想いや夢を語り合うのが組織のあるべき姿でと思うのです。

チーム・組織で思いを語り合い、目標に対してどう取り組み、行動をすり合わせ、コミュニケーションを大切にしていくことが、「チーム・コーチング」です。(徳岡教授による)
上司と部下の双方向の対話が絶対不可欠であり、気持ちと夢を理解しあい、これから為すべきことを明確にしていくのが、本当の組織です。

再確認です。
いったい誰にとっての職場なのか、我々は何を為すべきなのか、何のために仕事をしているのかを再確認しているのが、生き残る企業です。

主体性を持つ職員が集うのが職場です。そして、常識的な判断をすることが出来る組織の風土を育まなければいけないと考えます。

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