2009年1月11日

おやじが敬愛する人のコメント

私は、いろいろな出会いにより少しずつですが成長を目指しております。
考え方というのは「良い」とか「悪い」という判定ではなく、私たちにとって必要な未来を求めるための意見が必要だと考えます。
人生を変える出会いになった方には、たくさんの導きをいただきました。
そのうちのひとつ・・・

私は、一歩外に出ると自分を守るのは自己責任だと思っている。私の家庭は、家族で力を合わせて守る。 問題が起これば、家族の責任として処理する。東京の親戚に責任はない。勿論、国や企業や行政に責任を求めない。
企業や団体は、社員や構成員が力を合わせて守る、創る、責任を持つ。取引先や国に責任はない。
私たちの国は、私たち日本人が力を合わせて守る。自分達で責任を持つ。日本の未来は、日本人の責任で創る。戦争の脅威から国民の生命と財産を守るのは、国家でなくてははらない。日本は戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄していない。
他国に戦争の脅威から守ってもらうという考えは、私には理解できない。国家が、自己責任を否定・放棄してはならない。国が、自己責任を放棄するから、自己 責任を理解しない子供たちが育ち、あれもこれも政治や行政の責任だと言い放つ人が増える、と私は単純にしか考えられない。

派遣切りにあった人たちの緊急対策は必要だが、何もかも国や企業の責任にするのは納得がいかない。
都会でホームレスの道を選ぶより、田舎に住み着いて、空き家と農地を借り、米と野菜を作れば生きていける。海や川の側なら魚が捕れる。キジや山鳩も美味 い。猪や野うさぎ・狐・狸・蛇も一昔前まではみんな食っていた。山には、竹の子やきのこも採れる。鶏を放し飼いして、卵と肉を食えばよい。人は温かいし、 空気や水はきれいだ。

人生の目標を持たずして、派遣の道を選んだならば、路頭に迷うのは当然。目標をどこに置くかは大切だ。だからこそ、目標地点を持つことを教える責任が社会にある。今は、それが不十分だ。

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