2007年12月14日

「無財の七施」(むざいのしちせ)

最近、殺伐としたニュースばかりです。
ほのぼのではないけれど、心が「ほっ」とする話題をしばらく続けたいと思います。
松下幸之助さんのエピソードには、自分を見つめなおすことが多いので考えたのですが、今回は「無財の七施」(むざいのしちせ)について語らせてくださいませ。

古代インドにサーヤという10歳の少女がいました。
サーヤは小さいときに両親が亡くなったので、ひとりぼっちです。
孤児のサーヤは給孤独長者(ぎつこどくちょうじゃ)の屋敷に引き取られて、赤ん坊の世話や食器洗いをして働いています。
友達と遊び、夕方になるとみんなは両親がいる家に帰りますが、サーヤには迎えてくれる両親がいません。自分を抱きしめてくれる母親がいません。
友達と別れてしまうと、切なくて涙があふれて、大きな声で泣いていました。
そこに、ひとりの僧侶が通りかかりました。
「お嬢ちゃん、どうしたの。夕焼けがきれいだよ」
「お坊さん、ありがとう。亡くなってしまったお父さんとお母さんのことを考えると、また会いたいと思って泣いてしまうのです」
「そうか、ひとりぼっちなのか。お釈迦様は人間はみんなひとりぼっちだと教えているよ」
「えっ、私だけではないのですか?では、どうすればこの寂しい心がなくなりますか」
サーヤは給孤独長者(ぎつこどくちょうじゃ)の許可を得て、お釈迦様の説法を聞きにいくようになりました。

ある日のこと、サーヤが大きな桶を持ってやってきました。長者はサーヤを見ながら、
何をするのだろうと考えていました。
「ほら、ご飯だよ。ゆっくりとおあがり。ほら、お茶だよ・・」と話しかけながら、桶の中の水を草にかけはじめました。
長者は「ご飯、お茶」と言っていることをサーヤに尋ねました。
「お茶碗を洗った水を、虫や草たちに施しておりました」
「そうだったのか、でも施すという難しい言葉をよく知っていたね」
「は い。お釈迦様に教えていただきました。毎日、少しでも善い事をするように心がけなさい。悪い事をしてはいけませんよ、と教えていただきました。善の中でも 一番大切なのは「布施」(ふせ)だそうです。貧しい人たちや困っている人たちを助けるために、お金をほどこしたり、お釈迦様の教えを伝えることが大切です が、私は何も持っていませんから、ご飯粒のついたお茶碗をよく洗い、せめてその水を虫や草たちにやろうと思ったのです」
「そうか、それではお釈迦様の説法がある日は仕事をしなくてもよいから、よく聞いてきなさい」と長者はサーヤに申し伝えました。
何日かたつと、サーヤが明るくなり、楽しそうに働いています。
そして長者はニコニコしている理由を尋ねました。
「はい。私のようにお金や財産がない人でも、思いやりの心さえあれば、七つの施しができるとお釈迦様に教えていただきました。私にもできる布施があることが嬉しくて・・」

「雑宝蔵経」(ぞうほうぞうきょう)に説かれている「無財の七施」という有名な教えです。
①眼施(げんせ) 温かい眼差しで人と接する
②和顔悦色施(わげんえっしょくせ) 明るい笑顔、優しい微笑みをたたえた笑顔で人に接する
③言辞施(ごんじせ) 心からの優しい言葉をかけていく
④身施(しんせ) 肉体を使って人のため、社会のために働くこと。無料奉仕る
⑤心施(しんせ) 「ありがとう」など感謝の言葉を述べる
⑥床座施(しょうざせ) 場所や席を譲り合う
⑦房舎施(ぼうしゃせ) 訪ねて来る人があれば、一宿一飯の施しをする。労をねぎらう

サーヤは長者に対して笑顔で話し続けます。
「私には、2番目の和顔悦色施(わげんえっしょくせ)ができそうなので、一生懸命に優しい笑顔で人と接するようにしているのです」
「ニコニコしていると良いことがあったかい?」
「はい。暗くて悲しい顔をしていると、周りの人もつらくなります。自分も寂しい気持ち、みじめな心になってしまいます。苦しいときでも、にっこりと笑うと気持ちが和らいできます。だから周りの人も明るくなります。いつもニコニコしようと決心しました。
そうすると、親がいないことや、つらいなと思っていたことが、だんだんとつらくなくなってきました。泣きたいときもにっこりと笑ってみると、気持ちが落ち着いて泣かなくなるのです」

インドの教えですが、現代でも通用する教えだと思いませんか。

余談ごとですが、このあと長者はお釈迦様のために精舎を建てて、寄進します。
金額の大小ではなく、心が大切ということでたくさんの人が、いろいろなものを寄進してでき、釈迦は「祇樹給孤独園」(ぎじゅぎつこどくおん)と名づけました。
これを略して「祇園精舎」と呼ばれるようになります。
たくさんの人の「心」と「心」の結びつきで建立されたのです。
私たちも「心」りつながりで「祇園精舎」を建てていきたいものです。

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