2007年7月20日

ひとりごと

生きているうちに、許されているうちに、善人たれ

生きていると・・、考えがなくて流されていると・・、おかしなこだわりや、つまらぬ損得に振り回されてしまう。
「無我」を掲げていながら、大局観を忘れてしまう。
長く生きているのに、情けないおっさんである。

先日、ある依頼があった。
頼まれるとウレシイ。頼まれるということは、せっかくいただいたチャンスだから頼んだ人の予測を上回る結果を出せるように頑張るようにしている。
継続することになって、ある程度「事務的」になってしまった。元「事務屋」であるし、元「印刷屋」であるから、流れを大事にして「心」を忘れかけてしまった。
流れないからと「文句」を言いたくなった。

これじゃあ、いけない。
お金や物は入り口だ。出口のことを忘れた。
いくら稼ぐかじゃなくて、稼いだお金を何のために使うのかという出口のほうが大切だ。物しか見なくなると自己満足でしかなく、気にするのは他人の目線になってしまう。

人間の悩みの多くは他人との比較でしかない。あそこの家は・・、あの子供は勉強が・・
人と比べることで悩んでいる。それを物で補おうとする。比較の世界で勝とうとする。
お金と物だけのために働くのだったら、人生がつまらなくなる。

ウサギと亀のウサギさん。ウサギは負けるはずのない亀のことを気にしていた。
周りで応援している他人の評価を気にしていた。亀は相手がライオンでもウサギでも、何でもよかった。亀が見ていたのは丘の上の旗だった。勝負の世界ではなかったはずだ。
スタートラインで何を見ているかだ。ウサギは他人の目線。亀はゴールを見ていた。
私は何を見るべきか。

「この世で生きていた価値、職業、自分の命の使い道。資産はいらない。人間は何のために生きるべきかという手本を、我が子に見せないといけない」
「お父さん、何のために働いているの?」なんて聞かれて「お金」という答えしか出せなかったら・・

比較の世界ではなく、自分らしい生き方をすればいいのに、忘れていた。
どんな会社に入る、どんな仕事をする、そんなことよりどんな人間になりたいのか。それが大切。
目の前の人を幸せにすること、それが「あなたの笑顔が見たい」だったはず。

原点に、初心に返らないといけない。

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